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ダイバースタレントスポンサー 支援者成果レポート① – 災害大国・日本の未来を守るために –

〜多様な分野で活躍する若者を支援するダイバースタレントスポンサー制度で支援を行った東京大学 災害対策エグゼクティブプログラム(DSEP)に挑戦した能登の若者の学び〜


1. 自己紹介

  • お名前:畠山 陸(はたけやま りく)
  • 所属(大学・学部・学年):「惚惚(ほれぼれ)」 (北陸を拠点に惚れる衣食住藝の場づくりやものづくりをするブランド。喫茶・商店・招き猫屋などを営む。他、能登半島地震支援団体や、行政と連携した地方創生企画、アートや研究プロジェクトを行う)
  • トビタテでの留学先、テーマ
    • 留学先:ベトナム ホーチミン&ダナン
    • 留学テーマ:バックパッカーが集うホステルの立ち上げ
    • 活動内容と得たこと:札幌の不動産開発ベンチャーの東南アジア事業の責任者を担い、単身ベトナムへ。人の雇用、法人設立、物件開拓、ネットワーク構築、マーケット選定、オープンまでの企画管理、などホステル開業へ向けて0から行った。ホステルという空間の世界観づくりや距離感の近いサービス、事業を海外で1から立ち上げ、を経験し自信を得られた。海外のノマドワーカーのライフスタイルに近くで触れ、自分のシゴトと生き方の価値観を大きく変えたきっかけとなった。
  • これまでの取り組みや現在取り組んでいる活動: 国内外のクリエイティブ領域で様々なプロジェクトの立ち上げを経験した後、石川県能登半島の珠洲市に移住し、そこで被災を経験しました。震災直後から支援団体を立ち上げ、ボランティアベースの運営や避難所へのお弁当プロジェクト、復興アートプロジェクトなどを企画・主催。さらに、珠洲市では震災後初となるホテルとレストランの開業を主導しました。 現在は、北陸(能登・金沢・南砺)を拠点に、遊牧的喫茶商店と招き猫屋の「惚惚 (hore-bore)」を営みながら、アトリエ&ホテルの土着複合施設の開業を準備中。同時に、石川県や金沢市と連携した移住・関係人口促進企画、能登半島地震の支援活動、アートや研究プロジェクトなど、クリエイションを起点とした主催・協業プロジェクトを広域で展開しています。


2. 防災に興味を持ったきっかけ

Q1

防災や災害支援に関心を持つようになったきっかけを教えてください。

移住をした能登半島で被災をしたことがきっかけです。被災直後は、とにかくみんなで生き延びること、互いに支え合うことに真っ直ぐに向き合っていればよかったのですが、時間が経つにつれて、今後の復興や未来への不安、人間の複雑な心理や政治、そして「被災前にもっとこうすることができたのではないか」という社会の仕組みや構造の問題が目に見えやすくなっていきました。 そこで、1個人のアクションの限界を痛感すると同時に、もっと根拠のある知識と経験を得る必要性を強く感じました。ただの「被災者」という当事者だけで終わるのではない、俯瞰して災害と向き合う1人の人間になろうと決意したことが、深く関心を寄せ始めた最初のきっかけです。

Q2

これまでの人生で、防災に関して印象に残っている出来事はありますか?

珠洲市で震災後初となるホテルとレストランの開業を主導したことです。インフラもコミュニティも傷ついた被災地において、「人が集い、食を楽しみ、安らげる場」をいち早く再生することが、どれほど地域の人々の心の復興につながるかを実感しました。防災や復興とは、単にインフラを元に戻すことではなく、その土地のカルチャーや生活の灯火を絶やさないこと、すなわち「クリエイションを起点とした場づくり」そのものであると確信した出来事です。

Q3

なぜ東大の災害対策エグゼクティブプログラムに応募しようと思ったのですか?

1個人の主観的な経験則だけで物事を伝えていくことや、それを自分自身の理論とするには、あまりにも弱すぎると感じたからです。被災を経験したただの1人ではなく、災害と客観的に向き合い、課題に対して「なぜ」をロジカルに答えられる人になりたいと考えました。 そうすることで、社会や人とコミュニティの在り方、そしてその仕組みに対して、自分も周囲も納得するような解を見出せるのではないかと思ったのです。プログラムで得られる環境が、自分の「想い」や「現場の直感」だけでは解決できない、よりマクロで体系的な知見(都市計画、行政の動き、過去の災害データ、最新の防災テクノロジーなど)の必要性を強く感じたからです。東大のDSEPという最高峰の環境で、最先端の学術的アプローチと多角的な視点を学び、それを能登の復興や今後の地域づくりに直接還元したいと考え応募しました。


※被災経験を伝える展示&トークイベントを東京で開催された様子

※平時でも何ができるか、地域事例の視察の様子(三重県志摩)

※被災の当事者になった時、能登半島地震の次の日の朝にとった近所の様子(珠洲市)


3. プログラムでの学び

Q4

プログラムの概要、カリキュラムについて教えて下さい。

東京大学災害対策トレーニングセンター(DMTC)が提供する、現場のリーダーや実務家を対象とした先進的なプログラムです。災害マネジメントの基礎から、タイムライン(事前防災・発災直後・復興期)に応じた具体的な意思決定、最新の知見やケーススタディを用いた講義などで構成されています。 特徴的なのは、特定の専門分野に偏らず、防災・減災に関わる様々な角度から、各領域の第一線で活躍するプロフェッショナルの方々が直接講義をしてくださる点にあり、網羅的かつ非常に高密度なカリキュラムとなっています。

Q5

プログラムで最も印象に残った学びを教えてください。

「災害対応は、平時の延長線上にしかない」という視点です。発災してからできることは限られており、いかに平時から行政、民間、住民が有機的につながり、シミュレーションを重ねておけるかが勝負を分けるという点を、データと事例をもとに深く学びました。

Q6

想像していた内容と違った点はありましたか?

もっと座学中心の堅苦しい講義を想像していましたが、実際は非常にインタラクティブでした。正解が一つではない複雑な災害シナリオに対して、多様なバックグラウンドを持つ参加者と議論を交わしながら最適解を模索するプロセスが多く、非常に実践的で脳に汗をかく内容でした。

Q7

一番刺激を受けた講義やフィールドワークは何でしたか?

千葉県「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」での合宿研修です。実際の救助活動を想定した、大人たちの本気の災害対策シミュレーションを行いました。 刻一刻と変わる状況下で、いかにチーム活動が難しいか、それから情報伝達の齟齬や支援の遅れがどのようなメカニズムで起こり得るのかを、机上の知識だけでなく、心身のリアルな感覚として体感したことは非常に大きな刺激となりました。

Q8

全国から集まった参加者との交流で得た気づきはありますか?

行政、インフラ企業、自治体、民間、NPOなど、全国から集まった一線のプロフェッショナルの方々とフラットに議論できたことは大きな財産です。それぞれの立場から見ている「災害」の景色が異なり、真の防災・復興には、これら縦割りの組織を超えた「コレクティブ・インパクト(協働)」が不可欠であると確信しました。

Q9

防災に対する考え方は参加前後でどのように変化しましたか?

参加前は、被災地での実体験から「目の前の命をどう救うか、直面の課題をどう突破するか」という現場主義・対処療法的な視点が中心でした。しかしプログラムを終えた現在は、災害をひとつの「構造的な社会問題」として捉える視点へと変化しました。 災害は突発的に起きる自然現象ですが、それによって生じる被害や混乱の多くは、平時の社会の歪みや仕組みの脆さが露呈した「人災」の側面を持っています。だからこそ、防災とは発災後に動くことではなく、平時のコミュニティの在り方、行政や民間を跨いだ情報伝達のインフラ、そして一人ひとりの当事者意識のなかに、いかに最初から「レジリエンス(復元力)」を組み込んでおけるかという、社会のグランドデザインのアップデートであると考えるようになりました。

※主催したローカルカンファレンスのトークセッションの様子

被災して気づいたことを基に平時でもできることや地域の未来を考えるため、ゲストを他地域から招待し開催したカンファレンス「醸す場」。DSEPの学びを実際現場に実装するためには、また平時でも活用される街と人の在り方の模索となる機会になった。

※DSEP合宿研修を行った「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」


5. 自分自身の成長

Q10

この経験を通じて、自分自身が成長したと感じる点はありますか?

災害という複雑で予測困難な事象に対して、感情に流されず、全体を俯瞰して論理的に状況を分析する「視座の高さ」を養うことができました。また、自分の専門領域(クリエイティブ・地域コーディネート)と防災を掛け合わせることで、自分にしかできない社会還元の形が明確になり、リーダーとしての覚悟がより深まりました。


6. 今後の挑戦

Q11

今回学んだことを今後どのように活かしていきたいですか?

昨年学びを基に仮説を立て実証実験を行った「地域IP&アーカイブになる壁画パブリックアートプロジェクト」。緊急時でも平時でも活きる、活きたパブリックアートとして企画制作しました。災害でなくなる街並みを街”らしさ”とするなら、その”らしさ”となる文脈のあるアートデザインとなる壁画パブリックアートを制作し、地域らしさを残すアーカイブかつ街”らしさ”を表現するIPにもなることを構想としたプロジェクトです。
昨年、輪島市にて地域の子供たちや遠方からのボランティアの方々も参加できる形で360度の壁画アートを制作。企画段階で、制作場所のボランティアベースを運営する団体や、大手民間組織のバックアップを得て、挑戦させていただきました。
今年はさらにその計画をアップデートし、資金や企画を自分で準備してパブリックアートを制作を計画中です。地域のらしさを、そして地域の方々の気持ちとライフスタイルに寄り添うものにするには、今回学んだ経験を活かしながら実証実験を繰り返し、信頼と実績積み重ねて、活動をムーブメントにしていくことが目標です。

Q12

地域や社会にどのような形で還元したいと考えていますか?

主に2つ構想しています。一つは、前述した「地域IP&アーカイブになる壁画パブリックアートプロジェクト」。地域の資産となるようなパブリックアートで、人が集う場であり、地域らしさとして残り続ける文化のような存在を生み出すことを、被災地及び被災していなくても、アーカイブ&IPとしての価値を作るプロジェクトです。まだまだ実証実験段階で、本当にこれからではありますが、これがムーブメントになって、地域から社会へ広げていくことを目指していきます。
もう一つは、ローカル発で地域のライフスタイルが浪漫になるようなグローバルブランドを作ることです。それが地域のブランディングや地域の人々の営みの誇りになるように。「惚惚」という名前で、現在は喫茶や商店を営んでいます。能登だと固定店舗を持って事業を行うことがビジネス的に難しいとされていますが、私たちは月2日間だけ開くお店として地域に土着しながらも遊牧し各地でお店を行うモデルを構想しています。それで収益が作れれば、他の過疎地域や被災地でも成り立つことの証明にもなると考えています。

DSEPで強く教訓を得た「災害対応は、平時の延長線上にしかない」の通り、平時に古くも残り続ける文化や構造を新しいモデルで、残し活かしそれを価値にすることを目指します。

民間主導のクリエイションだからこそできる、しなやかで力強い地域還元のモデルを提示していきます。

Q13

将来的に実現したい防災や地域づくりのビジョンを教えてください。

「ただの被災者」として災害に翻弄されるのではなく、一人ひとりが自分の生きる地域の仕組みを理解し、主体的に災害と向き合える納得感のある社会の実現です。 防災を、義務感や恐怖から行うものではなく、私たちが日常で愛する美しいカルチャーやアート、日々の暮らしの地続きにあるものとして再定義したい。行政、民間、アート、研究といった既存の枠組みを軽やかに越境し、地域の次世代たちと共に、「圧倒的に心地よい日常」と「もしもの時のしなやかな強さ」が美しく同居する、新しいローカルの未来をここ北陸から世界へ提示していきます。


8. 寄付者・支援者へのメッセージ

Q14

今回の奨学金を支えてくださった方々へメッセージをお願いします。

「被災を経験したただの1人」から、「根拠を持って災害と向き合う1人の表現者・実践者」へ。

NPO法人Leap For様の奨学金によるご支援は、私の現場における初期衝動に、最高峰の知見と全国のプロフェッショナルという確かな『武器』を授けてくださいました。心より感謝申し上げます。 

能登で被災し、絶望の中で立ち上げた支援団体や壁画パブリックアートプロジェクトの経験は、東大DSEPという環境を経て変容しながら、日本のローカルの未来を切り拓く持続可能なモデルへと昇華していく確かな兆しを感じています。いただいた投資は、単なる感謝の言葉で終わらせるつもりはありません。これからの北陸の地で生み出していく圧倒的な実践と、災害を乗り越える新しいカルチャーの証明をもって、必ず社会へ還元し、循環させます。 

直近では、金沢の高校生や大学生の挑戦プロジェクトにおけるメンターへのお声がけをいただき、伴走をスタートしました。ここで得た知見や視座は、すでに次世代の育成へと注ぎ込まれ始めています。そしていつか自分自身が、次の挑戦者を支え、投資する側へ。皆様が私に差し伸べてくださった手を、今度は自分が次の世代へと差し伸べられる存在になることを目指し、これからも真摯に浪漫を持って挑戦し続けます。

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